よみもの|雑学記事|スポーツ

ホテルニューオータニの創業者・大谷米太郎が、
実業家になる前に行っていた競技は何でしょう?

みなさんは、「ホテルニューオータニ」をご存じでしょうか?「ホテルニューオータニ」は、東京都千代田区紀尾井町にある国際的高級ホテル。東京オリンピックの開催に合わせて建てられ、1964年9月1日に開業しました。伝統的な日本庭園が美しいことでも知られています。今回は、そんなホテルニューオータニからの問題です。

ホテルニューオータニ(東京都千代田区)

ホテルニューオータニの創業者は、大谷米太郎(おおたに・よねたろう)という人物です。さmざまなビジネスを手がけた功績から、地元小矢部市の名誉市民にもなっています。

 

では、ホテルニューオータニの創業者・大谷米太郎が。実業家になる前に行っていた競技は何でしょう?

 

正解は・・・大相撲です!

 

大谷米太郎は、明治14(1881)年、富山県西砺波郡正得村(現小矢部市)生まれ。貧しい農家の出身で、小学校すらまともに通うことができませんでした。しかし、体は大きかったようで、地元の相撲の大会では優勝したこともあったようです。

 

そんな大谷氏は31歳で上京し、さまざまな仕事を渡り歩いたのち、力士になります。当時、大相撲がアメリカ巡業を予定していることを知り、「力士になってアメリカに行き、そのままアメリカで働こう」という想いがあったという話もあります。

 

そうして稲川部屋に入門し、鷲尾嶽(わしおだけ)という四股名で相撲を取りました。幕下上位まで番付をあげ、あと一歩で関取というところまでいきましたが、大正4年に引退。「アメリカ行きの話がいつの間にか立ち消えになったから」「左手を骨折したから」などの理由があったと言われています。

 

引退後、酒屋を経て大谷重工業を始めます。関東大震災や太平洋戦争などの苦難を乗り越え、ビジネスを続けました。そして戦後、東京オリンピック開催による訪日客増加を見込み、ホテルニューオータニを創業。星製薬や東京卸売センターでも事業に成功しました。昭和43(1968)年、86年の生涯に幕を閉じています。

この記事が気に入ったらシェア!
フリーライター
宮川周平

信州大学工学部卒、大学院中退。信州大学クイズサークル出身。フリーライター。生まれながらにして大相撲好きで超がつくほどのテレビっ子。旅の必需品は御朱印帳。日本の世界遺産全制覇が目標。記事は、クイズ初心者〜玄人までが「五感の幅を広げられる」が目標。

クイズに関するニュースやコラムの他、
クイズ「十種競技」を毎日配信しています。
クイズ好きの方はTwitterでフォローをお願いします。

令和で最も勝ち星をあげている力士は誰?(幕内力士限定)

野球

「記憶よりも記録に残る選手」プロ野球でメモリアル本塁打を数多く打っている選手とは?

プロ野球で開幕投手を7度務め、すべて敗戦投手となっているのは誰?

富士山より高い日本一の山があった?

閲覧数:
1,260views

怖い雑学【聞くトリビア 読む編part.20】

閲覧数:
500views

「人生の糧になる名言」100選【偉人たちの名言雑学集】

閲覧数:
500views
Share