日本、アメリカ、韓国、台湾プロ野球で
勝利を挙げた唯一の日本人投手は誰?
1995年に野茂英雄投手が大リーグに渡って以降、今や日本人の野球選手は、アメリカはもちろんのこと色々な国でプレーすることも珍しくなくなっています。
そんな中でも、日本のプロ野球、アメリカ大リーグ、韓国プロ野球、台湾プロ野球でプレーし、そしてすべてで勝利を挙げている日本人投手はひとりしかいません。
さて、その投手は誰でしょうか?
正解 高津臣吾(現東京ヤクルトスワローズ監督)
高津臣吾投手は1990年ドラフト3位で、亜細亜大学からヤクルトに入団、当初は先発を務めていましたが、当時の野村克也監督からシンカーの習得をすすめられ身につけた1993年シーズンからリリーフに定着、長らく守護神として活躍し、特にチームが日本一となった1993年、95年、97年、2001年の日本シリーズではすべて胴上げ投手となっています。
2003年オフにフリーエージェント宣言で大リーグのシカゴ・ホワイトソックスに移籍、翌年シーズン中にニューヨーク・メッツに移籍し2チームでクローザーを務めました。
2005年から3年間古巣のヤクルトでプレーするも07年オフに自由契約に、08年は当初マイナーリーグで大リーグ復帰を目指すもかなわず、シーズン中の6月に韓国のウリ・ヒーローズに移籍し同年1勝8セーブを記録します。
2009年はふたたびマイナーリーグでプレーすると、翌10年に今度は台湾の興農ブルズに移籍します。ここでもクローザーとして活躍するも同年オフに解雇されます。
結果、日本で36勝286セーブ(セーブ数は岩瀬仁紀に次ぐ2位)、アメリカ大リーグで8勝27セーブ、韓国で1勝8セーブ、台湾で1勝26セーブを挙げ、在籍した4ヶ国すべてで勝利&セーブを記録しています。
更に高津氏の挑戦はこれで終わらず、2011年から2年間は独立リーグの新潟アルビレックスBCで監督兼任としてプレーを続けました。
2020年からヤクルトの監督に就任した高津氏の采配をみると、先発投手を引っ張りすぎず、またリリーフ陣も3連投は極力避けるような非常に細やかに配慮した投手起用が特徴的ですが、これは自身の色々な国や環境でプレーし過酷な状況に打ち克ったからこその気配りではと感じます。
ジャンル | スポーツ |
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掲載日時 | 2020/9/18 16:00 |
担当ジャンル:スポーツ
1973年生まれ 福岡県出身
職業 クイズ作家 株式会社キュービック所属
物心ついたころから40年来の東京ヤクルトスワローズのファン。
年間の観戦数は30試合から40試合ほど。
仕事の「クイズ」と趣味の「野球」を組み合わせた「野球クイズ」をライフワークとし
プレーヤー・イベンターともに「野球クイズ」の第一人者を自負
主な実績
①プレーヤー
『全日本プロ野球クイズ王決定戦』(2013年6月)優勝
『プロ野球マニア王決定戦』(2019年3月)優勝
②イベンター
『プロ野球12球団ファンクイズ王決定戦』(2019年5月~2020年1月)
(全12球団+各回の優勝者で日本一を争う「日本シリーズ」の全13回)開催
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