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2024年度からの新1000円紙幣の肖像
「北里柴三郎」ってどんな人物?

北里柴三郎2024年度から新紙幣が発行されることが発表されました。

その新1000円紙幣の肖像画に選ばれた北里柴三郎とはどのような人物だったのでしょうか?

 

北里柴三郎は学者としての功績と教育者としての功績が有名です。

 

学者として

北里柴三郎は熊本医学校(現在の熊本大学医学部)、東京医学校(現在の東京大学医学部)を経て内務省衛生局に入局し、その後32歳の時にドイツ留学をします。

この留学の目的は、当時の細菌学の権威であるロベルト・コッホに病原細菌学を修めることでした。

コッホは炭疽菌、結核菌、コレラ菌を発見し、特定の病原細菌が特定の伝染病を引き起こすことを証明した業績で知られている人です。

 

北里柴三郎はコッホのもとで破傷風に関する研究を行っていました。

破傷風とは、傷口から病原菌が体内に入り、筋肉が激しく痙攣し死に至る病気です。

当時、破傷風患者の中から破傷風の原因と考えられる細菌が見つかっていました。しかし、この細菌だけを取り出して純粋培養することはできませんでした。必ず他の菌が混ざってしまうのです。

 

北里柴三郎は破傷風菌を含む膿を寒天培地に刺して培養すると、その深部で多く増殖することを発見しました。

このことから破傷風菌が空気を嫌う、嫌気性細菌と考えました

そこで、空気を除去した環境で培養できるか実験しました。すると、破傷風菌を純粋培養することに成功しました。これは世界初の破傷風菌の純粋培養の成功例でした。

 

次いで北里柴三郎は破傷風菌の毒素について研究します。破傷風菌の毒素を薄め、数度に分け動物に注射すると破傷風菌に対する免疫ができます。この抗毒素が動物の血清内にできることをつきとめ、さらにこの血清で破傷風が治療できることを発見し、これが血清療法となりました。

血清療法はマムシ、ハブ、ヤマカガシ、セアカゴケグモやボツリヌス菌などの毒素に対する治療方法として現在も使用されています。

 

また、帰国後の1894年に香港でペストが流行した際、香港へ赴きペスト菌を発見しています。

 

 

教育者として

北里柴三郎は日本に帰ってきた後、1892年に私立伝染病研究所を設立しました。

ここは赤痢菌の発見者・志賀潔、黄熱病の研究者・野口英世、梅毒特効薬の発見者・秦佐八郎など数々の研究者が学ぶ場となりました。

 

また、1914年に北里研究所を設立しました。これは現在、学校法人北里研究所となっており、北里大学の運営など、国内の医療に携わっています。

 

さらに、1917年に慶應義塾大学医学科を設立し学科長になりました。この慶應義塾大学医学科は現在の慶應義塾大学医学部です。

そのため、2018年度慶應義塾大学医学部入試の生物で「北里柴三郎」「コッホ」「ペスト菌」などが出題されていました。

 

 

以上より医学分野に関する偉大な業績を残したこと、後進の育成や医学部の創設などの教育に関わる業績を残したことがわかります。

偉大な人物であるので、受験生に限らず何をした人か知っておくといいかもしれませんね。

 

 

 

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某大学クイズ研究会所属の大学生
加賀

某大学クイズ研究会所属。

 

私が伝えた知識を吸収し、クイズに役立ててほしいです。

大学では自然科学について勉強しており、歴史好きというのも相まって科学史が得意です。

日本科学史、生物学史、元素といったジャンルの記事を書きます。

元素検定2級を持っています。現在1級取得に向けて勉強中。

 

加賀という名前ですが、石川県には1度しか行ったことがないです。

写真は福島県に旅行した時撮影した鶴ヶ城です。

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