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クリンガーの『ベートーヴェン像』のポーズのヒントになった作品は?

筆者が何度かテーマにしている、19世紀後半〜20世紀前半に活躍したドイツの総合芸術家クリンガーの手になる彫像『ベートーヴェン像』は、折から再評価の動きが高まった作曲家ベートーヴェンをギリシャ神話の最高神ゼウス(ローマ名ユピテル)になぞらえた姿に表現した神話的肖像(像主(モデル)を古代神話の登場人物になぞらえた姿に表現した肖像画や彫像)ですが、一方ではおごそかに玉座に腰掛けてこそいるものの、ルネサンス以来の伝統的且つ典型的なゼウス像のように胸を張って足を開き正面を見据えたわかりやすく力強いポーズではなく、少々“猫背”な姿勢で足を組んで玉座に座っている(=「物思いにふける」人物を表現する際の典型的なポーズとされる)ため、当時は「ゼウス像とは似ても似つかない頼りなさそうな謎キャラとして描かれており、像主ベートーヴェンに失礼である」という批判も一部にはありました。

ところで、ここでクイズですが、次の3つの先行作品のうち、クリンガーが『ベートーヴェン像』のポーズのヒントに【しなかった】作品はどれでしょう(これについては、実はクリンガー本人も「これはヒントにしていない」と明言しています)?

 

1、ミケランジェロによる、バチカンのシスティーナ礼拝堂天井画の一部である『預言者エレミヤ像』。

2、ミケランジェロによる、フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂にあるメディチ家墓碑の一部である『ロレンツォ・デ・メディチ像』。

3、ロダン作の『考える人』。

 

 

 

・・・正解は、3番の『考える人』です。

フランスの彫刻家ロダン作の彫像『考える人』は1884〜85年に制作され1887年に発表されましたが、実は1886年には既に、クリンガーは『ベートーヴェン像』の全体の彩色石膏雛型(現在、ドイツのボンにあるベートーヴェンハウス所蔵)を完成させています。なおクリンガーは1885〜86年にフランスのパリに滞在しており先述の『ベートーヴェン像』石膏雛型もパリで制作されていますが、その間彼がロダンと接点を持ったかについては全くわかっていませんし、むしろ接点がなかった可能性の方が圧倒的に高いのです。

また、クリンガーが『ベートーヴェン像』を完成させて「ウィーン分離派展」で公開した1902年の2年後の1904年には、クリンガーの出身地で重要な活動拠点の一つでもあるドイツのライプツィヒで「ロダン展」が開催されていますが、クリンガーはその会場で初めて『考える人』を直接見たようです。この時も、既にウィーンから戻されライプツィヒの美術館に所蔵された『ベートーヴェン像』と『考える人』を対比する言説があり、その一部にはいささかゴシップ的に「『ベートーヴェン像』は『考える人』をまねたのではないか」と言い立てる向きもあったため、クリンガーは信頼している自作のコレクターにそのことに対する遺憾の意を述べているほどです。

実際には、矢張り先述のようなことから考えて、クリンガーとロダンはあくまでそれぞれ個別に『預言者エレミヤ像』や『ロレンツォ・デ・メディチ像』(実際、この2作品の写真はクリンガーのコレクションにもあったもようです)のポーズを自分の作品のポーズのヒントにしたに過ぎないというのが、ことの真相であると考えてよいでしょう。

 

<参考文献>

Barbara John 『Max Klinger:Beethoven』E.A.Seemann、2004

オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020

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準デジタル・アーキビスト資格所持者
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)

10代前半から美術史に、1617歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持ち、紆余曲折を経て現在では特定分野に特化したクイズ原案作者を名乗る。

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