後世の二次創作的神話画で、幼少の最高神が練習する楽器は?
以前、ルネサンス期のイタリアの画家ドッシによる『ユピテルとメルクリウスと美徳(『蝶を描くゼウス』とも)』をテーマにしましたが、この作品は古代に記録された神話にないいわば「二次創作」として創作されたエピソードをテーマにしており、古代神話では芸術との直接の接点がなかった最高神のゼウス(ローマ名ユピテル)が蝶(人間の魂の象徴とされます)を絵に描いています。
人間の魂の象徴とされる蝶の絵を描く最高神というテーマの意味には様々な解釈がありますが、とにかくこの作品によって、ゼウスの「最高神らしさ」に「美術制作のたしなみ」も追加されたわけです。
こうした「芸術のたしなみもある最高神」イメージはその後も強化され、後の時代には、例えば筆者が複数回テーマにしている19世紀後半〜20世紀前半に活躍したドイツの総合芸術家クリンガーによるゼウスになぞらえられた『ベートーヴェン像』のような、「偉大な芸術人の傑出した天才性を最高神に例える表現」に結実していくわけです。
ではここでそうした、「芸術のたしなみもある最高神」イメージを形成していった作品についてのクエスチョンです。
バロック時代に活躍したベルギーの画家ヨルダーンスは、幼少期のゼウスが父親である先代最高神クロノス(ローマ名サトゥルヌス)に命を狙われたために(クロノスが実の子どもの命を狙った理由については、「死神像のルーツ」などで言及しました)クレタ島のイデ山に逃がされ、男女の妖精によって隠れて育てられていた時の姿をテーマにした(いってみれば、古代神話では余り深入りされなかった「隠れて育てられていた幼いゼウスの日常」を描く)これまた「二次創作」系というべき神話画を何点か残しています。その中に、少し大きくなった幼児(というよりむしろ幼い少年)ゼウスが年取った男性の妖精から楽器演奏を教わる『ユピテルの教育』という作品がありますが、ここで幼少のゼウスが練習する楽器は一体何でしょう?
1,竪琴。
2,横笛。
3,木琴のような鍵盤式打楽器。
・・・正解は、1の「竪琴」です。
古代神話では、竪琴は伝令と商業の神ヘルメスが発明し太陽と芸術の神アポロンが譲り受けています(このくだりも興味深いですが、今回は割愛します)が、この2人の神はどちらもゼウスの子息です。つまり、ヨルダーンス作品では子息が発明するはずの楽器をまだ幼い子ども時代の父親が練習してしまっている(更にいうと、長老妖精が師匠役を務めていることから、もっと古い時代に既に竪琴が存在したことになってしまっている)わけですが、こうした、古代神話を知っていると一見おかしな描写に思える表現にも実は理由があります。
美術上の象徴としては、息を吹き込んで鳴らす管楽器が地上的で本能的な世俗性の象徴とされたのに対し、弦楽器は天上的で精神を高める理知的な存在とされた伝統があることが、ヨルダーンス作品で幼少のゼウスが練習する楽器が「弦楽器」としての竪琴である理由の一つです。
また、竪琴は身分の高さも象徴するとされましたが、その意味でも子ども時代のゼウスが竪琴を練習している描写は彼が当時の最高神の子息であり、後の最高神であるという「貴種性」を示すものにもなるわけです。更にいうと、旧約聖書のヒーローの一人でイスラエル王のダビデが、しばしば竪琴をアトリビュート(持物。神話や聖書など有名な物語の人物を描く際、一種の“お約束”としてほとんど常に一緒に描かれる品物や動植物など)として描かれることも、ゼウスと竪琴を結び付ける描写の背景としては無視できない点です。
<参考文献>
岡部昌幸監修『暗号(アトリビュート)で読み解く名画』世界文化社、2021
オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020
視覚デザイン研究所編『鑑賞のためのキリスト教美術事典』視覚デザイン研究所、2011
Web Gallery of Art
画像出典は、Web Gallery of Art です。
ジャンル | 歴史 |
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掲載日時 | 2022/3/7 16:00 |
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