子どもたちを呑み込む先代最高神を描く神話画の「改変描写」とは?
以前「死神像のルーツ」で、ギリシャ神話の最高神ゼウス(ローマ名ユピテル)の父で先代の最高神であるクロノス(ローマ名サトゥルヌス)が、自分の子どもに最高神の座を奪われるのを恐れる余り生まれたばかりの子どもたちを呑み込んだが、呑み込まれるのを免れ隠れて育てられた末の子どもゼウスは自分の兄や姉を助け出し、クロノスを追放して最高神の座についたという神話について触れました。
ところで、この一連のエピソードの中の「クロノスが生まれたばかりの子どもたち(ゼウスの兄2人(海の神ポセイドン(ローマ名ネプトゥーヌス)、冥界の王ハデス(ローマ名プルート))と姉3人(神々の女王ヘラ(ローマ名ユノ)、実りの女神デメテル(ローマ名ケレス)、かまどの女神ヘスティア(ローマ名ウェスタ))。なお、ゼウスだけでなくヘラも呑み込まれるのを免れゼウスとは別に隠れて育てられたとする神話もあります)を呑み込む」くだりは『我が子を食らうサトゥルヌス』というテーマで(但しさすがにポジティブな場面ではないので、作例は少ないですが)神話画のテーマとされルーベンスやゴヤなどによって描かれましたが、そのルーベンスとゴヤの作品についてクイズです。
ルーベンス及びゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』では、クロノスの恐ろしさ・残酷さを強調するためと恐らくは後述するもう一つの理由のため、古代神話でのこの場面の描写から共通の改変をしています。それはどんな点でしょう(今回は自由回答です)?
・・・正解は、「子どもたちの肉体を噛みちぎって呑み込んでいる」です。
古代神話ではクロノスの子どもたちは単に「呑み込まれた」とだけ語られている(そしてもっというと、クロノスが子どもたちの肉体を噛みちぎらず呑み込んでいたからこそ、クロノスの妃(つまり先代の神々の女王)で子どもたちの母親のレアがゼウスを出産した際に、生まれた赤ん坊のゼウスだと偽って石を呑み込ませ、その隙にゼウスを安全なクレタ島に連れて行くことができたわけです)ので、長じたゼウスによって助け出された(つまりクロノスの体内から吐き出された)時も(はっきりと断言されていないものの)無傷の状態であったとされます。
この「ゼウスの兄や姉が無傷の状態で助け出される」くだりとルーベンスやゴヤによる「噛みちぎって呑み込む」描写は幾ら神話とはいえ矛盾しないのか、という点ですが、この描写にはまさに先に若干触れた「クロノスの残酷さや凶暴性の強調」と、もう一点の理由があります。
その理由とは、古代の異教からキリスト教にも取り込まれた様々なバリエーションの「死と復活」のテーマ、特に「嬰児復活の奇跡」のテーマの一種の予型(旧約聖書や異教の神話の中の出来事が、新約聖書や聖人伝の中の出来事を予知するものであるとする信仰)として描かれているということです。中世に書かれたカトリックの聖人伝の中には、「聖人が、殺害され煮られたり焼かれたりした幼児を無傷の状態で復活させる」ストーリーが幾つかあり絵にも描かれていますが、「クロノスに呑み込まれた子どもたちが無傷の状態で助け出される」神話を聖人伝のこうしたエピソードの一種の予型として位置付けるためにも、クロノスが子どもたちの肉体を噛みちぎって破壊する描写は必要性があったわけです。
ちなみに、ゼウスの兄や姉が長じたゼウスによって助け出される場面はより「ポジティブな」場面であるため、彼ら彼女らが父親のクロノスに呑み込まれる場面以上に人気が出てもおかしくないはずですが、古代神話でもこの助け出された瞬間のクロノスの子どもたちは赤ん坊の姿のままだったのか、あるいは“大きいお兄さん・お姉さん“になった姿だったのかがかなりぼかされていて描きにくいせいもあり、後世の神話画での作例はほとんどありません。
<参考文献>
池上英洋『死と復活 「狂気の母」の図像から読むキリスト教』筑摩選書、2014
マルグリット・フォンタ、遠藤ゆかり訳『100の傑作で読むギリシア神話の世界 名画と彫刻でたどる』創元社、2018
オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020
ジャンル | 歴史 |
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掲載日時 | 2023/3/3 16:00 |
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