平和の女神が戦争の神を倒す神話画の、もう一つのルーツは?
実は、この「アテナが一騎打ちでアレスを打ち負かす」テーマには、もう一つのルーツがあるのではないかという指摘もできるのです。
この「もう一つのルーツ」は、先に指摘した「『善の神』(に当たる存在)が『悪の神』(に当たる存在)と戦って打ち倒す」という勧善懲悪ストーリーとしての要素でなく、「(神あるいは人間の)『女性』が(神あるいは人間の)『男性』と勝負して勝つ」という点に焦点が当てられた「女の力」とよばれるテーマであり、ルネサンス時代のフィレンツェを中心とするイタリアの要人の家の特定の祝い事では付き物の贈り物に描かれる絵の人気テーマでした。
その「特定の祝い事」は、次のどれだったでしょう?
1,成人祝い
2,出世祝い
3,出産祝い
・・・正解は、3の「出産祝い」です。
ルネサンス時代のイタリアの富裕層の間では、出産祝いに「盆絵」(「誕生の皿」とも)とよばれる装飾用トレイを贈るしきたりがありました(そうした盆絵を複数残した画家としては、例えばジョヴァンニ・ディ・ベンヴェヌートなどが挙げられます)が、その装飾用トレイに描かれる絵は一般に、ギリシャ神話や聖書物語、あるいは古代の歴史や“二次創作版ギリシャ神話(神話の登場人物を題材とするが、古代神話にはないエピソードを描いたもの)”などにある、「女性が計略や美貌による誘惑などを駆使し、男性との勝負に圧倒的大差で勝つ」ストーリーであり、且つ多くの場合「勧善懲悪」要素もあるもの(であると解釈された物語)を題材にしたものであり、そのテーマは先述のように「女の力」とよばれていました。
つまり妊娠と出産という大仕事をした母親をまずねぎらい讃える意味があったわけですが、更にいうと、その「女の力」テーマは中世〜ルネサンスのイタリアで盛んだったカーニバルの際に演じられた仮装行列やコントなどでもよく扱われた「既存の秩序の一時的な逆転」テーマの一環だったともいわれ、従属的な地位に置かれていた女性に対する一種の「ガス抜き」の側面もあったという指摘もあります。
ルネサンスの「盆絵」に、アテナがアレスと一騎打ちをして打ち負かす場面が選ばれたことがあるのかどうかは不明ですが、「女神がチャンバラで男神を打ち負かす」テーマという側面でみれば、この「盆絵」で人気だった「女の力」テーマも「一騎打ちでアレスを打ち破るアテナ」のもう一つのルーツであるとも考えられます。
<参考文献>
岡田温司『「ヴィーナスの誕生」視覚文化への招待』みすず書房、2006
海野弘解説・監修『ヨーロッパの図像 神話・伝説とおとぎ話』パイ インターナショナル、2013
Web Gallery of Art
https://www.wga.hu/index.html
ジャンル | 歴史 |
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掲載日時 | 2021/6/12 16:00 |
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