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西洋の死神像の元になった古代ギリシャの神は?

西洋美術の伝統的な「死」の擬人像である、大鎌を持ちしばしば黒系のマントをまとう白骨化した人間の姿(時には翼を生やして描かれることもある)の「死の天使(日本ではいわゆる「死神」という呼称が一般的ですので今回はこちらの「死神」という訳語を主に使いますが、キリスト教の一神教性と矛盾しないためにこうした訳語もあります。なお英語では「Death」といい、直訳すると「死」一語になります)」像は、ヨーロッパで特にバロック時代以降要人の墓所に置かれた彫像の中にもしばしばみられます(例えばイタリアの彫刻家ベルニーニによるローマ教皇ウルバヌス8世の墓所など)が、実はキリスト教の堕天使(いわゆる悪魔)に由来するのではなく、ギリシャ神話に登場する異教の神から派生したキャラクターです。

そうした、本来キリスト教には存在しない“異教の神の派生キャラ”である死神の像が、近代に入る前の時代においての最盛期にあったカトリック教会の長ローマ教皇の墓所に堂々と飾られることなどからもキリスト教文化の意外な多層性がうかがえますが、ではその死神像の元になった古代ギリシャの神は誰でしょうか?ギリシャ神話には「それっぽそうな要素」を持つ神が複数登場するので、今回は4択です。

 

1、死者の国の王である【ハデス(ローマ名及び英語発音はプルート)】。

2、最高神ゼウスたちの父親にして先代最高神であり、また後の時代には時(時間及び時代)の神ともされた【クロノス(ローマ名サトゥルヌス、英語発音サターン)】。

3、死と破壊をもたらす戦いの神【アレス(ローマ名マルス、英語発音マーズ)】。

4、商業とそれに付随する様々な分野の神であり、死者の魂の導き手でもあった【ヘルメス(ローマ名メルクリウス、英語発音マーキュリー)】。

 

 

 

 

 

・・・正解は2番の【クロノス】です。

死神像の特徴的な持ち物である「大鎌」はそもそも古代ギリシャ神話でクロノスが使った武器に由来します。古代神話によれば、彼は青年時代に父親にして異父兄に当たる先先代の最高神である天空の神ウラヌスによる、母親であり祖母でもある大地の女神ガイアや自分の兄姉たちへの暴虐に憤り、ガイアと共謀してウラヌスの性器を切断したのですが、その際に使った武器がまさに大鎌なのです。

そのことから大鎌はクロノスの重要なアトリビュート(持物(じぶつ)。神話や聖書物語の登場人物、あるいは抽象的な概念の擬人像を美術作品の題材として描く際、一種の「お約束」としてほとんど常に一緒に描かれる特定の物)になったわけです。

ジョルジョ・ヴァザーリの描くクロノス

なお後の時代に時間や時代の神とされた(彼が時間・時代の神とされるようになった神話上の(そしてその神話が作られた現実の人間社会の変遷の)経緯は、かなり長い上に入り組んでおり様々な異なるストーリーが語られているため、今回は割愛します)クロノスがなぜ死神の元ネタに選ばれたかについては複数の理由がありますが、矢張りアトリビュートである大鎌の形状や神話での使われ方から「命を刈り取る」イメージが連想されることや、時の流れそのものの永続性と限りある人の命のはかなさの対比、あるいは人間にとっての限りある時間の流れの速さというのが大きいようです。実際砂時計(時間の流れの速さと有限性の象徴とされる)を持った死神像も、西洋美術では結構よく見ます。

また、最高神の地位に就いたクロノスが自分の子どもに最高神の座を奪われることを恐れて産まれたばかりの子どもたちを飲み込んでしまった(飲み込まれるのを免れて隠れて育てられた末の子どもゼウスによって彼の兄や姉に当たる子どもたちは後に助け出され、ゼウスが最高神の地位に就きます)という神話もルーベンスやゴヤなどによって描かれるなど有名ですが、これもこの神の恐ろしいイメージとして死神イメージに合うと考えられた面も、少なくないでしょう。

なおこうした「ギリシャ神話の登場人物の派生キャラ」といえるようなキャラクターは、新聞などの時事ネタ1コマ漫画なども含む西洋美術には非常によく登場します。例えば像主(モデル)を神話の登場人物になぞらえた姿に描いた、いわゆる「神話的肖像」を平松洋氏は「コスプレ」に例えていますが、像主の人物像に合わせてアトリビュートを「引き算」あるいは「足し算」した「神話的肖像」(例えば以前取り上げた、ドイツの彫刻家クリンガーの手になるベートーヴェン像など)も幾つかあります。そのタイプのは、「神話の登場人物の派生キャラ化」としての側面も無視できません。

 

 

 

<参考文献>

平松洋『ビジュアル選書 名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』KADOKAWA、2015

オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020

海野弘解説・監修『ヨーロッパの図像 神話・伝説とおとぎ話』パイ インターナショナル、2013

千足伸行監修『すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画』東京美術、2006

石鍋真澄『ベルニーニ バロック美術の巨星』吉川弘文館、2010

視覚デザイン研究所編『鑑賞のためのキリスト教美術事典』視覚デザイン研究所、2011

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準デジタル・アーキビスト資格所持者
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)

10代前半から美術史に、1617歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持ち、紆余曲折を経て現在では特定分野に特化したクイズ原案作者を名乗る。

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