『鬼滅の刃』に出てくるお経の意味はどんなもの?
【後編】
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前回にも話題とした岩柱・悲鳴嶼行冥は元僧侶という設定で、数珠を持ち、たびたび「南無阿弥陀仏」と唱えている。これがいわゆる念仏ということは大半の方がわかるだろう。
念仏を称える宗派は浄土教系の他、密教系の天台宗も含まれる。しかし、宗派によって読み方に差異があり、天台宗では「なみあみだぶつ」や「なもあびたふ」が多いようで、浄土真宗大谷派では「なむあみだぶつ」や「なんまんだぶ」など、浄土真宗本願寺派では「なもあみだぶつ」や「なまんだぶ」など、浄土宗、時宗、融通念仏宗では「なむあみだぶつ」となっている。
発音に違いはあれど、意味合いは全て「阿弥陀如来に帰依する」ということで、阿弥陀如来の極楽浄土への往生を願って称えるものだ。
阿弥陀如来が仏になる際に建てた「四十八願」の中の第十八願に、「私の国(極楽浄土)に生まれたいと願い私の名を称えたなら、必ず迎えに行きます、もしそれができなかったら私は仏になりません」とあり、これを信じて往生を願い念仏を称えることが浄土教系の教えの要点である。
経典に続き、悲鳴嶼行冥の宗派を推測するに、服装でも念仏を前面に押し出したスタイルから浄土教系と思われる。頭を丸めていないのが許されているあたりも緩い宗派感が出ている。
念仏に関しては「なむあみだぶつ」と発音していることから浄土宗や時宗、融通念仏宗の線が強いが、これらの宗派ではいずれにしろ複数回唱える際には「なむあみだぶ」となっているので、作中のように全て「つ」まで含んでいるのは特殊なパターンだ。ちなみに、浄土宗では10回の念仏の9回目、決まった数でない場合は最後の1つ前のみ「なむあみだぶつ」と「つ」まで唱える。
他にも判断基準のひとつとなる数珠を見てみると、形状はアップの際の長さ的に丸珠の本連念珠(珠の数が108あるもの)のよう見える。
かけ方を見てみると、合掌した親指と人差し指の間から小指のほうにかける形から、浄土真宗のいずれかのように見受けられる。房が描かれていないので、いずれかの特定は難しい。
ひとことに数珠といっても、宗派によってかけ方や形状自体も違っている。浄土宗では親指にかけて正面に垂らすような形、天台宗では左手の親指にかけて房を内側に垂らすなど、様々なパターンがある。葬儀に参列する際、そこまでチェックする人はいないだろうが、不安なら事前に調べておくと無難だろう。
また、途中で合掌して数珠を擦る動きがあるが、これは密教系で見られる動きだ。真言宗では煩悩をすりつぶすという意味を持ったり、修法の終わりを示したりするという。天台宗でもこの擦る音を大事にするため、音の出やすい平玉の数珠を用いる。この形は天台宗独特のものだ。この擦る動きは逆に浄土教系で見られず、浄土宗では行わないようにとされるものだ。
合掌と出たが、この形も宗派により違いが見られる。浄土宗・浄土真宗は普通にイメージする、胸前でやや手を前に傾けてぴったり合わせたもので、作中にもこの形のものが登場している。時宗では手で何か包み込むように軽く合わせ、両手の中指を少し開いた未敷蓮華合掌なども用い、密教系では両手を合わせるものの指が交互になる十二合掌や、指を揃えて中を膨らませる蓮華合掌など複数の形状を使い分ける。
あとは、修行のシーンほか、頻繁に念仏を称えているところも思想的なキーとなる。浄土宗の開祖である法然上人は「どこにいても何をしていても南無阿弥陀仏を称えよ、南無阿弥陀仏と称えながら仕事をし、仏の御名の中に生活しなさい。」と説いている。
修行で岩を押しながらや他のキャラクターと話ながらも念仏を称える思想は、そこまで考慮した設定かは不明だがこれに近い印象だ。
ここまでを総合すると、南無阿弥陀仏の発音は完全に特定しにくいが、数珠の形・かけ方に関しては浄土真宗、作法の一部に関しては密教系が入りつつ、合掌は浄土宗・浄土真宗、思想に関しては浄土宗が強い印象だ。
一見統一されていない感じではあるが、複数のポイントを拾っているあたり、多くの資料をあたった上で、特定宗派のみによらず、あえて色々混ぜ合わせたように感じられる。単行本中では詳細な設定について作者コメントがたびたびあるが、宗派などについてもぜひ公開して欲しいところだ。
ジャンル | エンタメ・カルチャー |
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掲載日時 | 2020/7/5 16:00 |
学習院大学文学部史学科卒
大正大学大学院仏教学研究科浄土学専攻修士課程修了
高校・大学は剣道部、前職は中学・高校の社会科教員。クイズ作家としてはクイズ研究会やサークル所属経験のない異色の経歴。クイズ番組は好きだったが、プレイヤーとしての経験はアーケードゲームのみ。
僧侶としても、仏教系大学に大学院のみ在籍という極少数派。
有限会社セブンワンダーズ入社後は僧侶とクイズ作家の兼業で活動。法話にもクイズ作成で得た知識や要素を取り入れ、独自性のあるものを展開しているほか、寺院での「仏教クイズ」も企画している。
好きなジャンルは仏教、世界史、サッカー。
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