プロ野球クイズ王・尾林衡史の「野球本書評」
『南海ホークス~「反発」の力が生む輝きと挫折~』
(永井良和・ベースボールマガジン社)
プロ野球クイズ王・尾林の野球本書評、第17回は南海ホークスの歴史を取り上げた『南海ホークス~「反発」の力が生む輝きと挫折~』です。
私が野球を見始めた1980年頃は南海はすでに黄金時代を過ぎており、毎年Bクラスで1988年シーズンを最後にダイエーに身売りして福岡に移転しましたが、50年の歴史の中ではリーグ優勝12回(1リーグ時代の2回を含む)、日本一2回、特に1950年代から60年代にかけては西鉄ライオンズと激しい優勝争いを演じており、関西において「南海対西鉄」は、阪神対巨人戦をしのぐ人気カードだった時期もありました。
ちなみに、私は水島新司さんの漫画『あぶさん』の大ファンで、南海時代の40巻頃までの作品は何度も読み返しており、この当時の南海の知識はほぼ『あぶさん』を通して得ています。
この球団の50年の歴史を振り返るうえで思うのが、「お金をケチらなければ今でも存続していたかもしれない」ということです。
これは1948年オフ、エースの別所昭投手(後の別所毅彦)が待遇に不満を持ったことによる巨人への移籍、1957年に立教大学の長嶋茂雄選手を獲得寸前まで行きながら最後に巨人にさらわれたのも、一説には学生時代に渡していた栄養費(という名目の裏金)の分を契約金から差し引こうとしたためといわれます(長嶋さんの件は、本人が否定しているので真相は闇の中です。)
また、前回の書評『野村ノート』にもある通り、野村監督の著書にはたびたび南海のシブチンエピソードが登場し野村監督は「ホークスは好きだが南海は大嫌い」と語っていました。
話は少し余談になりますが、現役時代に南海でプレーし1983年から85年に監督を務めた穴吹義雄さんは、後にダイエーで編成部長に就任し、その際に中内オーナーはじめ経営陣に選手の年俸をあげて気前の良い球団と思わせないと良い選手は獲得できないと力説し、実現にこぎつけていました。
*『野村ノート』書評 https://www.quizbang.net/read/column/baseballbook/24938/
歴史にタラレバはありませんが、もし長嶋さんが南海に入っていたらおそらくパ・リーグが人気でセ・リーグに水をあけられることもなく、南海は人気球団として1997年に完成した大阪ドーム(現:京セラドーム大阪)を本拠地として存続していたかもと感じずにいられません。
南海ホークスがダイエーに球団を譲渡したのは昭和の最後のシーズンとなる1988年、くしくも同年に南海よりも早く球団を創設した阪急がオリエントリース(現:オリックス)に譲渡しており、関西の両鉄道会社にとって、球団を持つ役割は昭和で終えたと言えるかもしれません。
クイズにまいります。
テーマは「南海ホークス」ですが、南海を支えた人物に絞ってみます。
【問題】
1 1957年に南海で21勝を挙げて新人王を受賞するも、肩の故障により翌年以降1勝も挙げられなかった選手は誰でしょう?
2 1959年に南海がリーグ優勝をした際に宿舎でビールかけを初めて行った人物とされる、ハワイ出身の日系アメリカ人選手は誰でしょう?
3 1966年のパ・リーグで二塁手と三塁手の両方でベストナインの最多得票を獲得するも、当時の規定により票数の多い二塁手のみの受賞となった南海の選手は誰でしょう?
4 1954年に南海のスコアラーとして入団し1978年まで在籍した、実質日本プロ野球初のスコアラーと呼ばれる人物は誰でしょう?
5 1987年ドラフト外で南海に入団した、日本プロ野球史上初の左右両投げ投手は誰でしょう?
【正解】
1 木村保(きむら・たもつ)…1963年限りで現役引退し、その後はスカウトや二軍コーチを務めていました。
2 カールトン半田(日本名は半田春夫)…1959年にリーグ優勝を決めた際に宿舎で行ったのが最初といわれます。
3 国貞泰汎(くにさだ・やすひろ)…三塁手は得票数2位のロイ(西鉄)が繰り上げで選出されました。
4 尾張久次(おわり・ひさつぐ)…その後西武に移籍しましたが、西武の廣岡達朗監督はそのデータのち密さに驚いたといわれます。
5 近田豊年(ちかだ・とよとし)・・・一軍登板は1988年4月14日の1試合のみで、この時はすべて左で投げました。
ジャンル | プロ野球クイズ王・尾林衡史の「野球本書評」 |
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掲載日時 | 2023/9/25 16:00 |
タグ | 尾林衡史のBBB 南海ホークス |
担当ジャンル:スポーツ
1973年生まれ 福岡県出身
職業 クイズ作家 株式会社キュービック所属
物心ついたころから40年来の東京ヤクルトスワローズのファン。
年間の観戦数は30試合から40試合ほど。
仕事の「クイズ」と趣味の「野球」を組み合わせた「野球クイズ」をライフワークとし
プレーヤー・イベンターともに「野球クイズ」の第一人者を自負
主な実績
①プレーヤー
『全日本プロ野球クイズ王決定戦』(2013年6月)優勝
『プロ野球マニア王決定戦』(2019年3月)優勝
②イベンター
『プロ野球12球団ファンクイズ王決定戦』(2019年5月~2020年1月)
(全12球団+各回の優勝者で日本一を争う「日本シリーズ」の全13回)開催
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