二次創作的神話画の
「芸術をたしなむ最高神」像のもう一つの意義は?
ルネサンス期のイタリアの画家ドッシによる『ユピテルとメルクリウスと美徳(『蝶を描くゼウス』とも)』ではギリシャ神話の最高神ゼウス(ローマ名ユピテル)が人間の魂の象徴とされる蝶の絵を描き、バロック期のベルギーの画家ヨルダーンスによる『ユピテルの教育』では子ども時代のゼウスが竪琴を練習しているなど、芸術のたしなみのあるゼウスというイメージはルネサンス以降のギリシャ神話を題材とする美術作品に散見され、やがてそれは19世紀後半〜20世紀前半のドイツの総合芸術家クリンガーによるゼウスになぞらえられた『ベートーヴェン像』などのように、「像主(モデル)である芸術人の傑出した偉大さを賛美するため、像主を最高神に例える表現」にまで行きついたということは以前取り上げました。
しかしながらこれもその際触れた点ですが、実は古代神話でのゼウスには芸術のたしなみを物語るエピソードはほぼありません。つまり、ゼウスに芸術のたしなみがあるという設定は後世の美術作品の中で作られた、いわば二次創作での設定なわけです。
そしてこの「最高神に芸術のたしなみがある」という設定は、特にルネサンス以降に「何らかの形で芸術に親しむこと」が人の上に立つ者にふさわしい教養の一つであるとされるようになったことと、もう一つ、古代神話でのゼウスに希薄な【】の要素を補完し、よりキリスト教の神に近いイメージを持たせる(そうすることで、異教神話をキリスト教の神による人間救済の例え話とする解釈を強め、芸術世界での市民権をより強固にする)ためにも必要とされたわけですが、ではその【】に当てはまる語は何でしょう?
・・・正解は、「創造神(創造主、造物主、創世神、造化の神など)」です。
実は古代神話でのゼウスは、最高神ではあるものの「世界や、人間を含めた様々な生物を直接創造した神」ではありません。そうした創造神役は、ゼウスの祖父で初代最高神のウラヌスと、ウラヌスの母で妃でもある初代神々の女王で大地の女神のガイア(つまりゼウスの曽祖母にして祖母)や、ゼウスに命じられ(ゼウスが直接様々な生物を創造したのでないことに注意です)人間を含む生物を創造した(なお人間の誕生については異なる神話もありますが、ゼウスが人間を創造したという神話は伝わっていません)神の兄弟プロメテウスとエピメテウスなどが務めています。
要するに「君臨し、統治する神」に徹し「創造神」性の薄かった古代神話のゼウスをよりキリスト教の神に近いイメージにするためにも、「芸術家」というか「クリエイター」イメージの追加は必要だったということです。そういえばドッシ作品でゼウスが絵に描いているのは人間の魂の象徴とされる蝶ですが、彼に「創造神」イメージを持たせる意味でも、ゼウスが描く題材が蝶=人間の魂の象徴である必然性はあるわけです。
<参考文献>
オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020
藤村シシン『古代ギリシャのリアル』実業之日本社、2015
千足伸行監修『すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画』東京美術、2006
ジャンル | 歴史 |
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掲載日時 | 2023/1/18 16:00 |
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